第2話 段ボール、新聞紙、人の髪の毛。何でも食べてしまう、その生物とは!?

俺にも備われ「嗅覚レーダー」

 

「ヤマ、この臭いはわかるか?」

「……? いえ、わかんないっす」

「じゃあこの臭いは?」

「……これも、何も臭わないっす」

 

2年前、入社したてのヤマ隊員は、
「嗅覚レーダー」という能力開花に必死だった。

 

「いいかヤマ。俺たちの敵は、
目の前に姿を現してくれる者ばかりじゃない。
敵を倒すためには、
“察する”ことが大事だ」

 

前職は清掃会社だったヤマ隊員。
そこでも害虫駆除にはあたっていたが、
人々の健康を脅かしかねないヤツらと
徹底的に戦おうと現在の職務を選んだのだ。

 

「ゴキブリは1種類だけじゃないことはわかるだろう?
クロ、チャバネ、ワモン、ヤマト。
日本で生息するのは主にこの4種類だ。
その中でもチャバネゴキブリの臭いはわかりやすい。
まずはコイツの臭いだけでもわかるようになれ」

そうアドバイスするのは、
ネズミレーダーの能力も持つ先輩・タ〜隊員。

その能力を、何とか自分も身につけたいと
自らタ〜隊員に志願したのだ。

(いいかヤマ。
自分がゴキブリになった気持ちになるんだ)

その言葉を何度も反芻するヤマ隊員。

(もし自分がゴキブリだったら。
もし自分がゴキブリだったら。

そうか、
まず会話でコミュニケーションがとれなくなる。
そうすると仲間たちの居場所は──臭いか)

 

こうしてヤマ隊員は、来る日も来る日も、
ゴキブリの臭いを嗅ぎ続けた。

 

その能力が備わるまでに、
なんと2年の月日を費やすことになる。

 

“旨い物”にしがみつく不気味な姿

 

ヤマ隊員が、前職の清掃会社に勤務していた頃のことである。

とある飲食店の厨房でいつものように清掃をしていると、
調理台の下、つまり床に落ちていた唐揚げを発見する。
よく見るとその唐揚げは、ゆらゆらと揺れているのだ。

(ん?唐揚げが動いているぞ)

近寄って腰をかがめ、しげしげと見てみると、
なんとそこにはゴキブリがしがみついているではないか。

「ひいぃぃぃぃぃ〜〜〜〜」

思わず悲鳴をあげてしまったヤマ隊員。
その飲食店は自分もよく利用する店だ。
こんな不衛生な物体がはびこってしまう
調理場環境ではいけない。

その時に決意したのだ。
駆除と清掃管理、自分がそのどちらもやろうと。

 

こうしてペストバスターズの一員となったヤマ隊員は、
とにかくヤツらの“食生活”を研究した。

目の前に、唐揚げ、アイスクリーム、生ゴミがあったら。
ヤツらは真っ先にどれを選ぶだろうか。

(甘さと水分が摂れるアイスクリームが最有力だろう。
いや待てよ、ヤツらは雑食だ。
たくさんの栄養素が摂れそうな生ゴミではないか?
しかし以前、唐揚げにしゃぶりついている姿を
この目で見たこともある。
一体どれなんだ──)

ヤマ隊員は迷った。そしてあの言葉を思い出す。

(いいかヤマ。
自分がゴキブリになった気持ちになるんだ)

自分がゴキブリだったら──。
(俺だったら、唐揚げを選ぶ)

 

事実、ゴキブリは雑食であり、
紙でも木でも、人の髪の毛でも食べてしまう生物だが、
脂っこい「唐揚げ」もまた好物なのだ。

先の三択ならまず唐揚げに群がるといっていい。
人間同様、アイスクリームは
「デザート」といったところか!?

ヤツらは「グルメ」なのだ。

 

飲食店でのゴキブリのパトロール

 

敵を倒す──とはいえ、
ことゴキブリに関してはそうはいかない。

 

なんせチャバネゴキブリは最も繁殖力が高く、
20日から28日で孵化してしまう。

よって、定期的なパトロールが重要になってくる。

「こんな真冬だから、
もうゴキブリなんかいないでしょう〜(笑)」

そう楽観視するのは飲食店の店主。

「いえいえ、冬だからって絶滅したわけではないので、
暖かい場所を探して潜んでいるんですよ。
ん?……やっぱり、いますね」

「おっと〜!
2メートル離れてても嗅ぎ分けられるという、
ヤマさんの嗅覚レーダーが作動した〜!?」

「はい、嗅覚レーダーでも
チャバネの臭いを感知しましたが……
ほらここ」

ヤマ隊員が指差したのは、冷蔵庫のモーター部分。

「ゴキブリの糞が散らばっているでしょう?
こういう暖かいところに
コロニー(巣)を作るんです」

 

実は以前、ヤマ隊員はゴキブリ駆除の“仕掛け”に
失敗した経験がある。

嘲笑うかのように、毒エサには一切食いつかなかったのだ。

 

チャバネの臭いまでは感知したものの、
経験が浅かったためコロニーを探し当てることができなかった。
よって、行動しそうな場所に毒エサを仕掛けたのだが、
ものの見事に見向きもされなかったのだ。

 

「今日のところは毒エサを仕掛けずに帰ります。
その代わり……」

「ほう、その代わり?」

「次回私が来るまでの間、徹底的に清掃を行い、
ゴキブリの餌になりそうなものを一切断ってください」

「う〜〜ん、それなら意識してキレイにはしてるんだけど」

「もっとです。パン粉のひとつも落ちていないまでに。
ここのゴキブリはグルメです。
なので飢餓状態にして毒エサに食いつくようにしたいのです」

「兵糧攻めってやつか!わかった、やってみるよ」

 

仲間もろとも一網打尽!

 

あれから数日が経った。
ゴキブリどもは、さぞやお腹を空かせていることだろう。

「ヤマさん、見てください!
言う通り毎日ピカピカの状態にして
兵糧攻めに加担しましたよ」

「ありがとうございます。
これなら効果も期待できそうです」

「とはいえヤマさん、
ここには食い物がないからって
一旦どっかに食いに出かけちゃってる
ってこともあるよねえ」

「もちろん可能性はゼロではありません。
でも玄関から出入りしていることは考えられません、
クロゴキブリと違って」

 

そう。

クロゴキブリとは堂々としたもので、
まるで自分が招かれた客だと言わんばかりに
玄関をはじめ隙間があれば入ってくるという。

その点チャバネゴキブリはというと、
野菜の入った段ボールなど、
“何か”を媒介して入ってくるケースが多い。

 

「大丈夫です、ヤツらはこの空間に
お腹を空かせた状態で潜んでいます。
身を寄り添い合ってね」

 

その姿を想像してしまった店主は、
思わず身震いした。

 

後日、ヤマ隊員の見立て通り、
数十匹のチャバネゴキブリの死骸が発見された。

毒エサを食べた1匹がコロニーに帰り、
それが影響して次々と駆除できたのだ。

 

「やっぱり……あいつら、
お腹を空かせて身を寄せ合っていたんだね」

思わず嘔吐きそうになった店主だが、
害虫駆除により清潔な環境を取り戻せて
ほっとしたようでもあった。

 

「それにしてもさすがだなあ〜。
ヤマさんは、
ゴキブリを仕留めさせたら日本一!」

店主はそう褒め称えた。それに対し

「ありがとうございます」

と、礼を言うのだったが──

(いやいや、自分などタ〜さんの足元にも及ばない。
事務所に帰ったらまた、
クロゴキブリの臭いを特訓せねば)

と思うヤマ隊員なのであった。

 

敵はいつまた、やってくるかわからない。
これからも見守りは続く。

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