第3話 居るはずのない生き物が、民家の屋根裏に潜んでいる!?

住宅に潜む謎の生物を追う

 

その日は比較的穏やかな午後だった。

昼食を終えたタカシ隊員は、
缶コーヒーを手に所内の敷地に出ると、
残り時間わずかな休憩のひと時を愉しんでいた。

「キャン!キャン!キャン!」

その鳴き声に、所の外の通りに目をやると、
生後まだ3ヶ月ぐらいだろうか、
まるまるとした愛くるしい柴犬が
飼い主が持つリードに戯れつきながら
散歩をしているところだった。

(犬は可愛いなあ)

そう独りごちた時、ゾノ課長から声がかかった。

「タカシ。ちょっと出動してくれないか。
屋根裏にネズミが出たっていう通報なんだが、
あいにくネズミレーダーのタ〜が不在でね」

「わかりました。
自分が行きます」

 

タカシは無口だが実直な男だ。
どんな任務でも冷静にこなしていく。

 

到着した現場は閑静な住宅街の一角にあった。
築40〜50年ほどの古いお宅だ。
ネズミが出てもおかしくはない。

出迎えたのは、意外にも若い母親と
小学生ぐらいの男の子だった。

「よく来てくれました。
この家、中古で購入したんですけど……
古い家なのでどうもネズミがでるようなんです」

「どうしてそれがわかったのですか?」

「夜になると、屋根裏を走り回っているような
足音が聞こえるんです。
うちには小さな子どももいるし、
何かあったら怖くて」

「どんな足音が聞こえましたか?」

「そうですねえ──。
ドン!カッカッカッカッ、
みたいな感じですかねえ」

「ドン、ともいったんですか?」

「はい、どこかから飛び降りたような」

 

タカシ隊員は、タ〜隊員のように
ネズミレーダーを感知する嗅覚は
持ち合わせていない。

しかし、類まれなる観察眼が武器だった。

「ちょっと住宅の外周を拝見させていただきます」

「はあ……でも物音は屋根裏なんですけどね」

タカシ隊員は屋根裏ではなく、
再び家の外に出て、
鋭い眼で壁を見入るのだった。

 

暗視カメラが捉えた正体とは──

 

(やっぱりやられてる)

タカシ隊員は、塀の戸板が外れかけているのを見た。
何者かが外した形跡だ。
その脇には見慣れぬ形をした足型もある。

(ん?この足跡は──
やめてくれ、アイツなのか!?)

タカシ隊員は、視線を板塀から壁へと移した。
あった。
壁を垂直に登っていったであろう五本指の爪痕。
これはネズミのものではなかった。

(間違いない、アイツだ)

 

しかしタカシ隊員は断言を避けた。
変な動揺をさせてはならないからだ。

「生物がどの辺から侵入しているか、
大体の目星がつきました。
しかしまだ特定には至っておりません」

心配そうに聞き入る母親と男の子。

「それで今日は、物音のする屋根裏に
暗視カメラを設置していきます」

 

後日。
タカシ隊員は撤収した暗視カメラを確認していた。

 

暗闇の中、突如何者かが
飛び出してくるような動きのあと、
カメラの前をすばやく横切る。

何かを手にしているようだが、
それは食べ物なのだろうか。

シャクシャクシャクという
咀嚼音のようなものが聞こえたあと、
住宅階下の生活音に一瞬ひるんだような仕草を見せ、
そしてカメラの方に顔を向けた。

丸い瞳がこちらを見ている。

「アライグマか……」
タカシ隊員は、深い溜め息をついた。

 

アライグマは、ラスカルなんかじゃない

 

「屋根裏に生息している生物の正体がわかりました」

不安そうな顔をタカシ隊員に向ける母親と男の子。

「アライグマでした」

「アライグマ!?」

驚きを隠せないお母さんは、
オウム返しにその生物の名前を叫んだ。

「アライグマって、ラスカルのこと?」

『世界名作劇場』のDVDを見たのだろうか、
男の子は親しみを込めて言った。

「夢を壊すようですが、、、
アライグマは非常にどう猛な生き物です。
人間とともに暮らせるほど
穏やかではありません」

「というと──今後はどうなるのでしょうか」

「捕獲します」

「捕獲……」

お母さんは困惑した様子で、
タカシ隊員の話に聞き入った。

「どうやって捕獲を?」

「箱罠といって、
鳥かごのようなケージを用意します。
その中に誘導し捕獲に至ります」

「そうですか……」

「捕獲したら飼ってもいーい?」

無邪気に男の子が母親に訊ねている。

タカシ隊員は胸が詰まる思いがした。

 

「かかるなよ、いや、かかれ」
いざ捕獲へ

 

アライグマは基本的に夜行性だ。
昼間のこの時間に動き回ることはあまりない。

夜の時間帯に動き出した時、
寝起きの空腹を満たしに町を徘徊するはずだ。

住宅の裏手にある雑木林には、
もう何度も行き来したであろう
“けもの道”ができている。

仕掛けるなら、ここだ。

タカシ隊員は、箱罠を置いた。
中にはアライグマの好物であるりんご。

その空っぽの箱罠を見つめながら、
タカシ隊員は複雑な思いだった。

(数時間後、ここにはアイツが入るんだ)

人に危害を加える害獣として、
絶対仕留めたい存在だ。

しかし一方で、
罠にかかってほしくないと思う自分もいる。

 

どっちだ──。

 

罠を仕掛けてから一昼夜、
箱罠にアライグマが入っているという連絡で
タカシ隊員は現場に急行した。

狂ったように鳴き叫んでいるだろうか。
箱罠が歪むほどに暴れまわっているだろうか。

 

しかし到着してみると、
カゴの中でアライグマはちょこんと座り、
おとりとして入れてあったりんごを
美味しそうに食べていた。

小さな可愛い両手でりんごをしっかり持ち、
シャキシャキと音を立てながら頬張っている。

(腹が減っていたんだな)

そしてタカシ隊員が近寄ると、
アライグマもそばに寄ってきた。
まっすぐにみつめるつぶらな2つの目は、
どこか嬉しそうにも見えた。

(なんでそんな目をするんだ、ばかやろう)

タカシ隊員は、心の中で泣いた。

 

さようなら、安らかに眠ってくれ

 

アライグマをはじめ、イタチやテンなどは、
外来生物法や鳥獣保護法の対象生物で、原則、
狩猟免許所持者による有害捕獲申請などの規定がある。
つまり、一般の人が勝手に捕獲することはできないのだ。

よって、ペストバスターズのような者たちのみが、
その任務にあたることができる。

 

「ねえ、このアライグマ、
山に帰っちゃうの?」

「ああ、山ではないけど
もと来た場所に帰ってもらうんだよ」

無邪気に質問する男の子に、
タカシ隊員はそう答えた。

(山ではなく、空に帰ってもらうんだ──)

アライグマは人に飼われていたことがある。
そう、『あらいぐまラスカル』のように。
しかし獰猛な性格ゆえ、
飼いきれなくなった飼い主が野に放ち
野生化していった経緯がある動物だ。

よって中には、
人になつくDNAが残っている者も居る。

可哀想な顛末となった生き物のひとつである。

 

そして捕獲したアライグマを事務所へと連れて帰った。
特定の部屋に入れ、炭酸ガスを充填させる。
安楽死だ。

この殺処分の方法も、法律により
「苦痛を与えない方法で」とされている。

ゴキブリやネズミなどと違い、
動物に対する敬愛の念が含まれていることを感じる。

わずかな時間の中で、
アライグマはそっと眼をとじた。
その姿を確認すると、
居合わせた隊員たちは手を合わせた。

 

何度もこういう場面を経験している。
しかし毎度やるせない気持ちになる。

タカシ隊員は建物の外に出て、新鮮な空気を吸った。

 

(今度はアライグマに生まれてくるなよ)

こぼれそうになる涙を堪えるように、
敷地の外の通りに目をやった。

生後3ヶ月ぐらいの柴犬が、
飼い主に抱かれて通りがかるのが見えた。

(そうだ、今度は犬がいいな。
おまえも頭を撫でてもらいてぇよな)

布に包まれ動かないその亡骸の脇に、
りんごを供えてやった。
天国で、安心して喰えよと。

 

敵はいつまた、やってくるかわからない。
これからも見守りは続く。

 

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