第6話 兵糧攻めに合うと行う「死の儀式」。死ぬまで歩き続ける悲しき生態

ペストバスターズの評判を聞いて

「あら〜! ペストバスターズさん、
来てくれて嬉しいわあ〜!」

依頼のあったお宅へ到着すると、
家主の奥様が出迎え、そう言った。

「本日はわたくし、隊長の佐藤が参りました」

佐藤は長年にわたりペストバスターズの司令塔として、
隊を率いてきた人物。

「佐藤さん? 隊長?
私が聞いていた方とはまた別の方なのね」

「……と、おっしゃいますと?」

「ネズミが棲み着いて困って、
そん次はコバエが大量発生して困ってた奥さん、知らない?
あの奥さんに紹介してもらったの、
『ペストバスターズならヤッツケてくれるわよ〜』って」

「そうでしたか! それは光栄です」

どうやら、以前ペストバスターズに助けを求め、
平穏な暮らしを取り戻した方からの助言があったらしい。

 

「こちらのお宅は飛翔昆虫、
つまりシロアリでしたね」

「そうなのよ、一昨日の朝ね、
そこの脇のところでアリの大群を見つけて
寒けしちゃった」

と言い、戸建ての玄関脇を指差した。
そして続けて

 

「あ!わかった!
シロアリって大群でしょ、敵の数が多いから、
ペストバスターズのボスが退治に来たってことね!?」

「いえ、そういう訳では──」

と答えた佐藤隊長だが、あながち間違ってはいない。
シロアリとの戦歴が誰よりも長い人物であり、
ヤツらの生態を熟知しているのだ。

家主が見たというアリの大群は、
果たして家に食いつくシロアリなのか──。

 

シロアリなのに黒い!? どっちなの?

「私が見たアリはね、普通のアリのようにも見えたの。
シロアリというより黒っぽかったかなあ。
だから公園とかにいる
普通のアリのような感じにも見えたわ」

「なるほど、では早速調査を……」

「ねえ、ねえ。
調査の前に、シロアリってどんなものか、
シロアリがいたら何が問題なのかを教えてちょうだいよ。
あ、ちょっと待っててね」

そういうと奥様は、家の奥へと消えた。
しばらくすると

「玄関先じゃあ何だから、ちょっと入ってよ、
お茶を用意したからさ」

と、佐藤隊長に声をかけた。

 

「いえ、そういう訳には……」

と一旦は断るも、シロアリのことや駆除の仕方を
詳しく訊きたいということで上がらせてもらうことにした。

「先程の質問ですが、
シロアリといっても体の部分は黒いんです。
紫外線対策で、水分をとられないような生態をしています。
ここでいう『シロアリ』とは
主に『ヤマトシロアリ』のことをさしていますが、
羽がついているのが特徴です」

「なるほどなるほど、続けてちょうだい」

「奥様は、一昨日の朝、アリの大群を見たとおっしゃいましたが、
アリは太陽に向かって動く習性がありますので、
おそらく朝10時頃だったのではないかと思います」

「その通り! さすが良くわかるねえ」

「ありがとうございます(笑)
ここ佐賀県では3月〜4月が群飛時期、
関東ではその後、気温が暖かくなると動き出します。
そしてアリの大群ということですので、
間違いなくここでアリ王国を築いているんです」

「アリ王国!?」

 

アリ独自の世界と生活がある

「はい、アリ王国です。
たまたま集まったアリ、ではなく、
王国から出る羽アリに遭遇したのでしょう」

「王国ってことは、まだまだいるってことよねえ」

「おっしゃる通りです。
最初に飛来した1組のつがいが土の中で卵を産みます。
この時、副女王アリ、兵隊アリを産み分けます。
それ以外はすべて働きアリ。
ちなみにアリを数える単位は『匹』ではなく『頭』です。
王国にはだいたい3万頭ぐらい、
多いところで10万頭ぐらいに及びます」

「ううう、この家でそんな王国が築かれていたなんて!
気持ち悪いけど、なんか童話のような話だねえ」

佐藤隊長は話を続ける。

「働きアリは、女王アリ、王様アリ、兵隊アリに
食べ物を捧げるんです。
この食べ物こそ、
家を形成する木材をはじめ、
ダンボールなども食べてしまいます」

「なんでも食べるのかい?」

「はい、なんでも。
しかしステンレスとガラスを食べた形跡は
未だ確認できていません」

「ステンレスとガラス以外は食べるってことね?
コンクリートや鉄なんかは?」

「それは確認済みです。
まずは噛んでみる。
『いけるな』と思ったらなんでも食べます。
実際は食べるというより、
蟻道(ぎどう)といってシロアリ専用の
トンネルを作ります」

「わぁ〜! 気持ち悪い!
ちょっと話が戻るけど、女王アリって言ったじゃない!?
それがここで卵を産むの?」

「約10万個位は産むといわれています」

「はあ〜……。
なんだか人間みたいな世界が繰り広げられてるんだねえ」

「そうですね(笑)
副女王アリは嫁に行くため飛び立ちますが、
これも午前中とほぼ決まっています。
新たな環境に新しい王国を築くのが普通です」

「そこまで聞くと、彼らは彼らなりに
自分たちの生活や人生を全うしようとしてるのがわかって、
なんだか気の毒に思えてくるけど……。
うちも家が壊されちゃかなわないからねえ。
その王国を、どうやって駆除するんだい?」

 

触覚と触覚で確かめ合う行為が、命取り

ひと昔前までは、目視できたシロアリにめがけ、
殺虫薬をかける方法が主流であった。

しかし平成に入ったあたりから、
新たな殺虫方法が出回ることになる。

それは、アリの習性を活かしたものだった。

「目の前に現れたシロアリに薬剤を噴霧します。
しかし、その薬剤で即死することはありません。
薬剤がついた状態で巣に帰ってほしいからです」

「出てきた働きアリをオトリにする作戦なんだね?」

「そういうことです。
アリは、触覚と触覚を触れ合わせて存在を確認する
『グルーミング』という行動をとることがわかっています。
その行動を利用し、殺虫力のある薬剤を、
より多くのシロアリにくっつけ合うことを目的としています」

「そこからは地獄絵図だろうから、
あんまり想像したくないねえ……」

「アリに感情があるのか、はたまたプライドが高いのか、
そこまでは私にはわかりません。
イエシロアリという種類には
こんな行動をするといわれていますし、
私も一度だけ目にしたことがあります」

「どういうことなんだい?」

「死の行軍、という行動です」

「死の行軍!? なんだいそれは?」

「王国に食べる物を与える働きアリたちが
いなくなったら兵隊アリたちは、
空腹と、迫りくる死を察知し、
狂ったように同じところをぐるぐるぐるぐると
回り始める行動をするんです」

「ひぃぃぃぃ〜!」

「そういう生態だとはいえ、
それはまあ〜哀れなものですよね。
弱い者から死んでいくのですが、
その上を乗り越えて尚、死ぬまで行進は続くのですから」

 

さらに佐藤隊長は続ける。

「私だって一人の人間。
命あるものを駆除することに心が傷まない訳はありません。
だけど、それを尊重することで、
人間である我々の暮らしに被害が及ぶのであれば、
戦うしかないのです。

彼らは住む場所を間違えただけですよ。
適所で暮せば、命ある者同士、
共存は可能なのですから」

「なんだかいい話を聞いたよ。
その通りだね」

納得した奥様は、自分の暮らしを守るため、
佐藤隊長にシロアリ駆除を依頼したのだった。

 

敵はいつまた、やってくるかわからない。
これからも見守りは続く。

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