パトロールの中で発見される“異常事態”
ペストバスターズの任務とは、
イタチなどの害獣と戦うための
スクランブル発進ばかりではない。
人々の平穏な暮らしが保たれているかを、
定期的にパトロール(※)する任務もある。
※定期点検のご契約をいただいている場合
今回の主人公・キャノ隊員は、
パトロールとして、とある旅館を訪れた。
「ゴキブリの方は、
上手くコントロールできているようですので、
今後も厨房を中心に、
衛生管理をお願いします」
そう告げて、梅雨が到来した小雨の中を歩き出すと、
背後から女将が小走りでやってきた。
「キャノ隊員、いつもありがとうございます。
実はちょっとご相談したい件がありまして……」
雨を手でよける仕草をしながら、
女将は玄関を出た脇にある、樹木の植え込みへと促した。
「ここなんです……キャッ!」
庭園として風情を演出している石を
女将が少し持ち上げてみると、
無数の黒く細長い物体がうごめいており、
それを見た女将が叫び声をあげたのであった。
「ヤスデですね」
キャノ隊員がそう言ったのも束の間、
今度は、
「キャーーーーーーーッ!!」
と絹を裂くような悲鳴をあげ、
女将は青ざめたまま固まってしまった。
着物姿の女将の足──つまり真っ白な足袋に、
ヤスデが這い上がってきていたからだ。
「大丈夫です、
ヤスデは臭液を分泌する生物でありますが、
無闇に触ったりつぶしたりしなければ
大丈夫です!」
キャノ隊員は、俊敏に不気味な生物を追い払い、
ひとまず女将を安心させた。
あなたの家にも潜んでいる多種の “不快生物”
「キャノ隊員、先程はありがとうございました」
一旦場所を変え、旅館内に通されたキャノ隊員は、
今後の対策について女将と話し合った。
「ヤスデの大量発生は先程確認いたしましたが、
他にお困りになっていることはありますか?」
すると女将は、
「はい、旅館裏手の茂みの方に汚水枡があるんですけど、
そこに……」
と言いながら、鳥肌立つ腕を抑える素振りをした。
「そこに……?」
「ピョンピョンと飛び跳ねる虫が……。
バッタではないことは確かです」
「カマドウマでしょうね。
俗にいう『便所コオロギ』です。
それならこのあと、建物外周をまわって
不快生物の有無を確認してきます」
そういってキャノ隊員は再び、
小雨降る中、旅館の外に出た。
梅雨から夏にかけてのこの時期は、
日本全国どこへ行っても、虫のパラダイス。
不快か不快じゃなかろうが、
昆虫だろうが害虫だろうが、
数え切れないほど
多くの種類の虫たちが生まれ、動き出す。
キャノ隊員は、虫が居そうな場所を
隈なく調査して回った。
旅館の趣を創り出している植え込みには「ダンゴムシ」
先程女将が話していた汚水枡には「カマドウマ」
門の付近に置かれたプランターには「ゲジゲジ」
生ゴミを一時保管する建屋内には「ゴミムシ」
そして庭石に隠れるように潜んでいた「ヤスデ」
これだけの虫たちが発見された。
どの虫を生かし、どの虫を駆除するか
〜虫博士の見解〜
キャノ隊員は、発見できた虫を女将に報告した。
「その駆除の仕方って、どんなものがおありですか?」
「まず目に見えているものについては、
殺虫スプレー。即効性があります」
「夜行性など、見えていないだけで
どこかに潜んでいるものに対しては、
殺虫または忌避効果のある薬剤を撒いておく」
「さらにカマドウマ──つまり便所コオロギのように、
汚水を好む虫は、排水管の中にもいると思われますので、
排水管の中は粒子径噴霧機器を使って、
閉鎖空間に薬剤を到達させる作業をします」
そう説明すると女将は、
「ダンゴムシって、子供の頃よく捕まえて遊んだのよね。
手のひらで丸まって可愛いの。
でも今となってはちょっと気持ち悪いと思うけど、
殺してしまうのも何か可哀想だわ。
だって、ダンゴムシは、悪さしないじゃない!?」
それを聞いたキャノ隊員は、
表情をやわらげこう語りだした。
「おっしゃる通りですねぇ。
ダンゴムシは、人に危害を加えることはないですからね。
雑食性なので、自然環境の中では
やわらかい葉や花、根、芽などを食べていて、
その排泄物が土の中の有機物分解しやすい状況にしてくれる。
豊かな土を作り出す仕事をしてくれていますよ」
「そうした虫たちのことを『益虫』というんですが、
見た目が気味悪いだけで、
本当は私たち人間にとって有益は環境を
もたらしてくれる虫たちも
たくさんいるということです」
すると女将は、先程青ざめたヤスデにも
興味が沸いたようだった。
「ヤスデは?
ヤスデも益虫なのかしら」
「はい、そうなんです。
枯れた葉っぱや落ち葉など“腐植質”のものを食べて
分解する役目をします。
排泄物には栄養価がありますので、
自然界では土壌を形成する役割をしている生き物なんです。
誕生からわずか1年で寿命を迎える、
短命な虫ですよ」
「あら、、、それを聞いてしまうと」
「そうですよね、たしかに心は痛みますよね」
「『益虫』なんて、考えもしなかったわ。
ほかにどんな益虫がいるのかしら」
ペストバスターズの隊員は、
虫や動物の生態に詳しい。
よって、生態について詳しく訊きたい
という声があれば、喜んで話してしまうのだ。
更にいえば、心優しきファイターでもある。
隊員が皆、口を揃えて言うのは
「心で泣いていますよ」という言葉。
憎くて虫や動物を殺処分しているわけではない。
人間社会を安全に保つためには、
致し方ないことなのだ。
「たとえば、クモ。
家の中でみかける小さなクモは
ほぼハエトリグモです。
ハエを捕食してくれますし、
見た目の立派さから“軍曹”なんて呼ばれている
アシダカグモは、ゴキブリを捕食してくれます」
「軍曹が3匹いたら、家中のゴキブリがいなくなる、
とまで言われていますよ」
「でもクモって、クモの巣を張りますでしょ?」
「家の中で見かけるハエトリグモは、
唯一、クモの巣を張らないクモです。
巣を張るクモは飛んできた生物を仕留めたいということ。
外にいる、チョウチョウとかセミを捕まえる
ジョロウグモなどが『造網型』、
つまりクモの巣を張るんですね」
心なしか、女将の目は輝いて見えた。
まるで『ファーブル昆虫記』を読む少年のように、
初めて聞く虫たちの生態を面白く思っているようだった。
「じゃあ、ナメクジは?
あれは益虫とは言えないんじゃないかしら」
「益虫とまでは言い切れませんが、
ナメクジの好物といえば、
植物の柔らかい花・葉・茎・つぼみ、
またキャベツやレタスなどの野菜を食べます。
なので食害を引き起こす、とはいえます」
「ただ、益があるといえば雑食なので、
死んだ虫なんかも食べてくれるので
そういうところかもしれませんね」
キャノ隊員の『ファーブル昆虫記』は尽きない。
しかし、キャノ隊員は最後にこう締めくくった。
「見た目が気持ち悪い虫たち。
でも益虫である虫もいます。
とはいえ、こちらのように旅館であったりすれば
お部屋にクモがいたり、
庭先にヤスデが真っ黒くなるほど
大量発生したりしては、
営業にさしつかえが出てしまいますよね」
「駆除をするかしないかは、
そうした判断でよろしいかと思います。
限度を超えた数などは、
やはり我々のような者にお任せください」
「すべてを殺す、のではなく、
忌避という形で近寄らせないことも
できますのでね」
すっかり話し込んでしまい、
旅館を後にする頃には、雨があがっていた。
後日、大量発生しているヤスデだけは、
薬剤を撒いて退治することとし、
それ以外は、今のところ「共存する」と
女将は言った。
「キャノ隊員に話を伺うまでは、
不快な虫を1匹残らず駆除して!
って頼むところでした。
でも、営業に問題があるかどうか、
人に害があるかどうか、
そんな判断基準ができましたわ」
キャノ隊員は、どこか清々しい気持ちで
旅館を後にするのだった。
敵はいつまた、やってくるかわからない。
これからも見守りは続く。